
『久我山歳時記』(78)、年が明けて初めの二十四節気は『小寒』、入ったのは1月5日だから、もう1週間経ってしまっていた。小寒〜節分までの30日間を『寒の内』といい、一年で最も寒い時期である。そのため、夏の暑い時期に『暑中見舞い』を送るのと同様に昔の人は『寒中見舞い』を送ったものである。最近よく目にする寒中見舞いは喪中ハガキを出し忘れ、年賀状が来た相手として受け取るハガキだが、これは丁度時期が合うためにこの言い方を使うのである。(寒の内に出すのが寒中見舞い)

七十二侯では『芹乃栄(せりすなわちさかう、〜1月9日)』『水泉動(しみずあたたかをふくむ、〜1月14日)』『雉始雊(きじはじめてなく、〜1月19日)』と細かく分けている。ただ、東京では芹が自生しているところも、雉が鳴くところを見ることも中々できない。

私が野生の雉を唯一見たのは大阪・千里に住んでいた頃にマンションの裏の崖の上にいて、朝玄関を開けると向かい側の雉の雄と目が合った時のみである。

久我山を散策しても梅の花が開花した以外は前回の冬至とあまり風景は変わっていない。欅並木には殆ど葉っぱは残っておらず、枝ばかりとなった木は寒々としている。お正月を挟んでいるため、落ち葉はかなり片付けられてはいる。



ただ、モクレン(木蓮)の芽は先が暖かそうな銀白色の毛に覆われている。梅の花は今年は例年より遅く(もしかすると去年が早すぎたのかもしれないが)、まだ殆どが咲いていない。


早咲きの駅前の白梅はかなりほころんでいる。神社の紅梅も元旦は咲いていなかったが、いまはかなり開花していた。



遅い梅の木でも枝をよくみると花芽が(紅梅の)花芽が赤くなりつつある。沈丁花もまだ蕾は硬いながら付いていた。




この時期に咲いているのは名残のサザンカ、まだまだ咲くツバキ、種類によってはキク(菊)が花を残している。




ただ、まだ草の芽はあまり出ておらず目立つのは枯れ薄ばかりである。


色のあるものは柑橘系のキンカン(金柑)、夏みかん、柚子、レモンなどであり、鳥が食べなかったセンリョウや留まりにくいのか残されているナンテン(南天)の赤い実くらいのものである。


我が家の花壇もビオラやガーデンシクラメン、葉牡丹が僅かに色がある状況でまだ春までには時間がかかるもようである。
























































































































