歳時記
『久我山歳時記』(78)、年が明けて初めの二十四節気は『小寒』、入ったのは1月5日だから、もう1週間経ってしまっていた。小寒〜節分までの30日間を『寒の内』といい、一年で最も寒い時期である。そのため、夏の暑い時期に『暑中見舞い』を送るのと同様に昔…
『久我山歳時記』(77)、今年の二十四節気も最後の『冬至』となった。一年で最も夜が長く、昼が短いじきである。ただ、だからといってこの時期の日の出(東京)は6時47分で最も遅いのは1月1〜13日の6時51分、日の入りは16時32分で最も早いのは11月29、30日…
『久我山歳時記』(76)、12月7日は大雪(たいせつ)入り。本格的に冬の訪れを感じる時、事実3日頃から本格的な冬の天気図になる。天気図を見ると東に低気圧・西に高気圧の西高東低となる。さらに①等圧線が縦になり、その間隔が狭くなるタイプ、②日本海北部…
『久我山歳時記』(75)、11月22日は小雪(しょうせつ)入りとなる。季節としては雪が降り始める頃という意味だが、まだこの時期は雪は積もることなく、消えるとされる。北海道や青森県などでは既に雪は降り始めている。19日には夏の旅行の際に通過した酸ヶ…
『久我山歳時記』(74)、11月7日は立冬、つまり暦の上では冬に入ることとなる。つい3週間前までは暑さが残り、10月19日の最高気温は24.5℃、暑さを感じるほどであった。 しかし、雨が数日続いたおかげでその後はなかなか20℃を超える日はなく(3日)、最低気…
『久我山歳時記』(74)、10月23日は霜降(そうこう)の入りである。二十四節気では秋の最後、そして11月7日は早くも冬の節気(立冬)となる。 七十二侯では『霜始降(しもはじめてふる、〜10月27日)』『霎時施(こさめときどきふる、〜11月1日)』『楓蔦黄…
『久我山歳時記』(73)。10月8日は二十四節気の『寒露(かんろ)』である。物の本には秋が長くなり、露が冷たく感じられる頃とある。 七十二侯では『鴻雁来(こうがんきたる、〜10月12日)』『菊花開(きっかひらく、〜10月17日)』『蟋蟀在戸(きりぎりす…
『久我山歳時記』(72)、9月23日は秋分に入る。祭日の秋分の日なのだが、1日の日照時間のうち日の出から日の入までと日の入から日の出までの時間が全く同じになる日で春が春分、秋は秋分という。 この季節、良く聞く言葉に『暑さ寒さも彼岸まで』というのが…
『久我山歳時記』(71)。9月7日は白露、二十四節気も秋は3つ目となる。大気が冷えてきて露ができ始めるという意味。降りた露が光り、白い粒のように見える季節なのである。 ただ、まだまだ露が降りるなど考えられないほど暑い。例えば平均気温では9月7日は3…
『久我山歳時記』(70)、8月23日は二十四節気の『処暑』にあたる。処暑は14番目、残りは10個と後半戦に入っている。そのため、厳しい季節は峠を越して朝夕には涼しい風が吹き、心地よい虫の声が聞こえてくると言われている。 久我山で会社帰りに秋の虫の声…
大好きな歌にトワエモアの『誰もいない海』(1967年)というのがある。失恋を歌った曲だが、ついつい歌い出しの『今はもう秋、誰もいない海』と口ずさんしまう。 8月7日は立秋、季節上は秋に入る。暑中見舞いもこの日からは残暑見舞いとなるが、最高気温が連…
『久我山歳時記』(68)、7月22日は大暑、まさに大暑と納得がいく。今年は梅雨明けは早いのかと思ったが、結果として7月19日(関東地方)となった。これは昨年の7月18日、一昨年の7月22日とほぼ変わらない。天候のことを言う言い伝えでは『梅雨明け十日』と…
『久我山歳時記』のためによく近所をうろうろしているが、昨今の不動産の値上がりが背景にあるのか、空き地という空き地に家が立ち始めた。今までは野原があったのだが、コンクリートで駐車場を固めた一戸建やアパート、老健施設ばかり。今までは何となく見…
『久我山歳時記』(64)、5月21日は小満(しょうまん)である。あらゆる生命が満ち足りていく時期のことで陽の光を浴びて全ての物が成長する時期である。 より詳しい七十二侯では『蚕起食桑(かいこおきてくわをはむ)〜5月25日』『紅花栄(べにばなさかう)…
『久我山歳時記』(63)、5月5日は立夏、つまり暦の上では夏に入る。GWに入ると気温が急に上がり、最低気温10〜13℃、最高気温20〜23℃位に上がる。ただ、まだ梅雨には間があるので湿度が低く、汗をかいててもまだ大したことはない。一年で最も良い季節である…