2021-07-01から1ヶ月間の記事一覧
東京オリンピック開催には問題をなしとはしないと思っているが、基本的にオリンピックは大好きである。子供の頃からレスリングのフリースタイルとグレコローマンスタイルの違いを調べたり、カヌーの漕ぎ方の違い(カナディアン、カヤックスプリント、スラロ…
『切手シリーズ』その85。1964年東京オリンピックの記念切手の図案となった建物を巡るシリーズその4は『駒沢体育館』(額面50円)である。駒沢体育館(正式名称、駒沢オリンピック公園総合運動場体育館)は1964年のオリンピックの際にレスリング会場として使…
オリンピックの開会式、終わってから5日経過するが、何を4時間もかけてやったのだろうというほど印象の薄いセレモニーとなった。1964年の開会式・閉会式があれほど反響があったのは『整然とした開会式』『国境を越えた親睦の姿を見せた閉会式』の対比が素晴…
『切手シリーズ』その84。前回に引き続き1964年10月10日に発行された東京オリンピックの切手図案の今を巡るシリーズの3回目は40円切手は国立代々木競技場第一体育館。1964年のオリンピックでは水泳会場として使われた。丹下健三による設計で2本の主柱により…
生まれが1958年7月27日だから、私は本日で63歳となる。これは事実。ブログでは毎年の誕生日に色々なことを書いてきたが、今回は縁起でもない話を書くことにした。3歳や5歳になれば七五三、7歳になると小学校、20歳になれば成人式、42歳になれば厄年、60歳に…
『切手シリーズ』その83。1961年に1年かけて毎月の花の切手が発行されたシリーズの7月はやまゆりをモチーフにしている。実は日本の切手に初めて『ユリ』が描かれたのはさらに9年前の1952年5月に発行された日赤創立75周年のうち5円の方に『赤十字とユリ』の意…
『切手シリーズ』その82。東京オリンピック(1964年)記念切手の建物をめぐるシリーズ2回目は10円切手、図案は旧国立競技場である。国立競技場の敷地は元々青山練兵場があったところに1919年に神宮競技場という東洋初の本格的グラウンドを作ろうと工事を始め…
なかなか昼飯にありつけず池袋駅に。確かホームから降りたあたりに立ち食い蕎麦があったはずと探すと、ありました。中央口近くの出口と出口の間、階段の下のスペースを利用した『爽亭』というお店。入口に2台ある券売機で食券を購入するシステム。カウンター…
『切手シリーズ』その81。紆余曲折ありながらも、いよいよ東京オリンピックが開幕するようである。今回は1964年の東京オリンピックの為に発行された6枚の切手に描かれた建築物などの今の姿を追いかけてみることにした。1964年10月10日に東京オリンピックは開…
コロナ感染拡大やオリンピック騒ぎでついつい忘れていたが、小諸そばの穴子天フェアが始まっていた。今年は7日からスタートしていたのだ。人形町の店も1軒は閉店、少し離れた小舟町店のみになってしまった。本日お邪魔したのは神田北口店でリニューアルした…
いよいよ梅雨明け、これからが一番暑い時期。やはり暑い時は熱いものと東京駅近くで遅い時間にランチの店を探す。東京中央郵便局が生まれ変わったKITTEの地下にラーメン激戦区というラーメン屋が並ぶ一角を発見。味噌ラーメン、鶏白湯ラーメンなど並ぶ中、発…
『久我山歳時記』その7。前回の歳時記には確かユリの話を書いたのだが、それから約1ヶ月半。もう盛夏となり、蝉の声がうるさくなってきたが、花も大きく変わった。我が家から少し歩いたお宅のアサガオが毎朝1つ、2つ、4つと3鉢に植えてある赤紫色の花が増え…
7月に入り、ようやく杉並区のワクチンのシステム更新が終わり、12時ちょうどにネットで久我山駅近くの医院で第一回目の接種予約をすることができ、半休を頂き接種にきた訳です。しかし、接種は1時40分からなのに12時50分に着いてしまったため、駅前、歩いて1…
『バスシリーズ』その24。たぶん吉祥寺駅から北方向に向かう路線バスの中で一番長距離を走るのが、西武バスの吉60系統、吉祥寺駅〜成増町(13.6km)だろう。他の行き先も都民農園セコニック(9.95km)、新座栄(10.75km)、保谷駅南口(7.7km)などがあるが…
今日は少し歩いて日本橋浜町にある明治座の向かいにある蕎麦屋さんに入る。店の名前は『招福庵』、なんとも縁起の良さそうなお店である。到着したのは12時を少し過ぎた頃であったが、私が一番乗り。昔ながらのお蕎麦屋さんを絵に描いたようなお店で席に着く…
土浦市に常磐道以外の高架道路があることは住んでいる方以外は殆ど知る人はいない。土浦駅東口からつくば市に向かう場合は駅横の駐車場ビルの横から高架を上る。するとまるで首都高速のような自動車専用道が出てくる。その名前は『土浦ニューウェイ』、料金…
先日、久々に沖縄そばを頂き、この味が再び恋しくなった。そんな意識をしながら人形町の裏路地を歩いていたら急に『沖縄そば』の幟を見つけてしまったのである。ただ、この時はきしめん(寿々木屋さん)を食べた直後のため、後日にした。今日は予め沖縄そば…
『関東の城址巡り』その7。土浦まちかど蔵を自転車でスタートして1時間20分、ようやく小田城址に到着する。小田城は鎌倉時代末期に八田知家によって築かれたが、その後、小田姓を名乗り、小田城は小田家の居城になった。南朝で主導的な立場に就く北畠親房は…
私が1人で食べに行くランチは和食、特にそば・うどんの類が多い。次に中華、こちらもラーメンが多い。逆に行かないのはイタリアン、パスタの類である。実は人形町にはパスタの店は多くあるのだが、何となく個性がなく、似ている気がしてあまり行かないし、こ…
『改めて日本語を考える』その31。日本語は難しいと改めていうまでもないが、普段使いしている言葉が間違った意味で使っていることがある。クイズ番組の問題になり、その時は覚えるのだが、すぐに前の誤った方を使うことがままあるのである。私にとっては『…
日本橋から歩いて八丁堀に。以前、八丁堀の交差点に面したところにあった老舗の蕎麦屋さんが移転のため閉店してしまった。昨年場所を移して再開されたのを知り、お邪魔することにした。お店の名前が『あさだ』、明治35年創業だから1902年、つまり119年の歴史…
『東京の坂、日本の坂』その141。蜀江坂をゆっくりと下るが、左側の煉瓦塀はかなり長い。聖心女子学院の通用の前を通り、坂を降り切るとパス通りに出る。目の前には北里大学と病院、さらに左に曲がると白金ヶ丘学園がある。次の信号は三光坂下とあり、右の方…
コロナ禍で飲食店の閉店が相次ぐ一方で新たに開店する店もある。東京メトロ人形町駅のほぼ出口横という好立地にかつては小諸そばがあった。私は結構繁盛していると思っていたのだが昨年末(?)で閉店、その後なかなかテナントが決まらなかったが2月に今のラ…
『ほたて』で昼食を取った後、再びリンリンロードに向けてペダルを踏んだ。先程と同じように関鉄本社前のバス停まで行き、今回は左折する。目的地は14.2km先の小田城址である。つくば霞ヶ浦リンリンロードがいいのは殆どフラットなところ、足に負担がかから…
『東京の坂、日本の坂』その140。渋谷川の橋めぐりの後、天現寺橋まで来たら白金周辺で行き残した坂道があることを思い出し、歩くことにした。前回この辺りを歩いたのが2016年7月、気がつけば5年も経過していた。天現寺橋から慶應幼稚舎の前を通って首都高速…
土浦市の名物と言えばうなぎ、蓮根、常陸牛、霞ヶ浦のワカサギなどを挙げる人が多いが、今日のランチは旧水戸街道の桜橋にある『ほたて』という天ぷら屋にお邪魔した。ほたては明治2年創業の老舗で創業時の建物を修復しながら今に至る。外観もかなり歴史を感…
晴天のもと、サイクリングで旧筑波鉄道筑波線の跡に作られた『つくば霞ヶ浦りんりんロード』の一部を走って見ることにした。まずは『新土浦駅〜土浦駅』区間。土浦まちかど蔵で自転車を借り(1日500円)、旧新土浦駅を目指す。亀城公園の前を通過し、常陽銀…
『緊急事態宣言』がようやく終了したものの、『再びまんえん防止策』再発動と相変わらず外食もままならない中で、せっかくボーナスもらったしと『ふるさと納税』を使ってお礼に今時期の毛蟹でもと思い、ふるさとチョイスをチェック。すると一般には茹でた毛…
『ぶらり橋めぐり』その106。渋谷川沿いの橋を巡って歩いているが、川沿いの道がないので右へ左へ振られながら歩く。すぐに『山下橋』、名前の由来は町の旧称。つまり、1966年の新住居表示の際に恵比寿1丁目に組み入れられたのが『山下町、新橋町、恵比寿通…
蔓延防止措置の下でも中小企業は在宅勤務とばかりはいかない。毎日通勤しているとよくわかるのだが、行き帰りの電車もそれほど空いておらず、ゆったり通勤などとてもとても。さらに最近はランチで店に行ってもかなり混雑している。もちろん、閉店や休業して…